緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

「誰か」がたとえ何千人単位でも、「誰か」は私ではない...という当たり前のこと

とあることでリサーチが必要になり。

その途中で、とある動画を見る機会があった。

 

それは、スピリチュアルな人達...中でも古代日本の文化を重要視する(と私は解釈している)人達の間では非常に有名なもの。

 

それを用いることで気の通りが良くなるなど、健康法として用いている人もいる。

開運のために用いている人もいる。

 

基本的には道具を使わない。

人間の声が、その主たるツール。

関連書籍も様々出ている。

ただし、真贋については議論が様々。

 

...そんな、「あるシステム」の動画。

「歌」という題になっているが、マントラだと思う。

いやまあ、歌もマントラも一緒っちゃ一緒か.........。

 

その研究家の方が自ら動画に出て、実践している様子を撮ったものだ。

その方の発声は、さすがに、素晴らしい。

 

...のだが。

 

私には、合わなかった。

 

すっきりするとか、波動が上がる感じがするとか言われているものだけど。

私は、首から上の空洞に音波が反響しすぎて、自分の頭蓋が鐘になったような気がした。

快ければよいが。

残念ながら、その反響は気持ちよいものではなかった。

ぐわんぐわんと、何重にも内部で乱反射しているような感じで。

とても、聞き続けられなかった。

「歌」と名のついたそれの、ほんの序盤だったけど。

 

動画でこれだけの反響があるというのは、実際目の前であれを聞いたらどういう感じになるのか。

単純に「歌」の音が持つ波動というよりは、歌い手の声が起こす振動が受け付けない。

あの音程を、どのようにしてその方が導き出したのか...そういうことも私は知らないけれど。

もとは文字情報だけしかなかったはずの「音」を、題名の通り「歌」に仕立てたのはすごいと思う。

 

が。

私は、とてもじゃないが、聞き続けられなかった。

 

 

受け付けないのは波動が低いから耐えられないのだ...とか言われたとしても。

受け付けないものは受け付けない。

それが、神が与えた叡智の結晶だとしても。

残念だけど、私はその叡智の表現は受け入れられない。

 

今まで、その歌に関する書籍なども買おうかどうしようかと何度も迷っていた。

一度は目を通す方がいいだろうな、と思っていた。

今は、やめておく。

 

もしかしたら、これから先に、またそれに触れることになる時が来るかも知れないけど。

今は違う。

 

反響が心地いいこともあるのだ。

そういう経験も、したことがある。

 

どれほど高尚なものだとか神聖なものだとか言われているか知らないけど。

合わないものは、合わない。

何千人もの誰かには素晴らしいものだったとしても。

それは、私ではない。

私は自分の感覚に合うものを選ぶし、合わないものは選ばない。

当たり前のことだ。

 

 

ちなみに、その「歌」は、<あ>で始まる短い題名の歌だ。

 

 

 

書いていたら、ずーっと前にワークショップ中に描いた八葉曼荼羅を思い出した。

懐かしい。

2013年だって。

あの頃、今の状況想像してなかったなあ............。

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