緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

楽しいカードリーディング 使い方を間違えないでほしいと願います

大事なことを決める時ほど、何かに頼りたくなるもんだ。

それは、わかる。

 

だけど、最後は自分で決断しなくちゃならないんだよ。

どんな状況でも、それは変わらない。

唯一、自分でしなくてもいい決断は、寿命を終える時。

(それを自分でしちゃう人もいるけれど.........)

 

 

手軽なのは、カードだと思う。

今は本当に、いろんな種類がある。

私も使う。

この記事にちらっと書いた。

 

art-hiro-b.hatenablog.jp

 

この記事も、最後の方に、決めるのは自分だ、ってことを書いている。

それくらい、「依存傾向」の高い人が多いと私は感じるから。 

 

決断するに至るきっかけというのは、別に何でもいいと思う。

誰かの何気ない一言だったり。

おみくじだったり。

週刊誌の占いコーナーだったり。

小説の一節だったり。

なんでもいい。

 

ただ、「それはきっかけで、そこから自分がどう反応し、どう考えて、決断に至ったか」は、わかっているのが望ましい。

 

意図的に、決断までのステップを踏んでほしい。

 

あまりにも一瞬で決断に至ってしまいステップがなかったように感じることだって、ある。

そんな時でも、何がきっかけになったのかとか、それを思い返した時にどう感じるかというのを、後から確認しておくことが大事だ。

 

どれほど電光石火の決断が訪れたとしても、そこに至るまでには布石があり、過程がある。

そういうことをテキトーに流してしまうと、自分がなぜそれを決めたのか、というのが自分でもわからなくなっていく。

きっかけだけを後々まで覚えていて。

それを、また欲するようになる。

 

悩まず決められたなら、楽だから。

 

なにかを決めるということは、別の何かは捨てると決めることだ。

当然、痛みはある。

その痛みをスルーしちゃいけないと私は思う。

 

 

そんな考え方なのに、それでも私はカードを使う。

人にもお願いすることがある。

 

なぜか。

 

それは。

カードを介して、自分でも気がつかなかった自分の深いところにある意図があぶり出されることがあるからだ。

 

知りたいことを問う。

カードが出る。

それを見る。

読みを聞く。

反応を見る、考える、感じ取る。

 

その過程で、意外にも「あ、ここが問題だったんだ」とか「それが重要だったのか」とか、気がつくことがある。

自分一人の視点では、盲点に入ってしまっていることを見つけ出すのは難しい。

そこに、とりわけ重要なことが隠れている場合が、多いだけに。

 

だから、複眼がほしいのだ。

 

人によっては、複眼があることでより迷いが出てしまう場合もある。

万人に合うとは思ってない。

 

 

「カードに決めてもらう」

という考え方ではなく

「カードを使って自分の考えを深める」

という使い方を、私はおすすめしたい。

 

常に、考えるのは自分、決めるのも自分。

それを基準にしておけば、悪徳な連中に依存させられるようなことは減るはずだ。

 

カードや、それを読んでくれる人というのはね。

「あなたの手助けをする」

存在であって、

「あなたの行動や決断を縛る」

存在ではないのだ。

 

出てきた結果を見て、それを受け入れ示された方向へ行くと決めるのもよし。

やっぱり受け入れないとして破棄するのもよし。

 

 

その時に、「この通りにしないならどうなっても知らないよ」みたいなことを脅してくるヤツは、そもそも悪徳だと思ってよい。

まともな人なら、道筋はいくつか提示してくれるものだ。

カードの結果がよくなくても、回避策や最小に抑える道を示してくれるものだ。

 

 

このカードは「愛」

甘い言葉や、やさしい表現ばかりが愛ではないよ。

 

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