「商材ではない。価値である。」
単純に、動画撮ってもらった時に現場にいた人の反応が面白かったから…ということで、やったのですけども。
やったおかげで、ちょっと、私の意識にも変化がありました。
先日、こんなこと書きました。
「業(ぎょう)」ではなく「業(ごう」だから。
絵描きであることは、自分にとっては「職業」の「業(ぎょう)」ではなく、宿業の「業(ごう)」です。
しゅくごう
仏教用語。過去世で行なった行為。それが現世でよい,また悪い結果をもたらす原因となる。
ごう〔ゴフ〕【業】 の意味
3 理性によって制御できない心の働き。
今まだ、答えが出てないから。
ここから降りることはできないの。
強制されてるわけじゃない、自分の意志で選んでることだけど。
職業という括りでは語れないの。
だけど。
その「コード」には、職業としてのプログラムも、仕込まれている。
何言ってんだコイツって感じですが。
イベント会場に、「一度、描くところを生で見たくて」といって、初めてお会いする方が来て下さいました。
一旦お仕事で抜けるということだったので、お戻りになる時間をお聞きして、それに合わせて一枚、描くことにしました。
終わった後。
なんと、その方が、50分近い制作中の様子を、ずっと、動画で撮っててくださったことが判明。
私は、彼女がそこにいらっしゃることはわかってたけど、撮影してくださってることは、全然気がついてませんでした。
何かの役に立てばと思って。
と。
この件は、私の意識の方向を変えました。
自分のやれることなんて大したことないし、多分慣れれば誰でもできるレベルだ。
と、今もそれは思っている。
けど、だからこそ、もう少し前に出してもいいのかも。
絵は商材ではない…としか思えなくて。
あかり玉という、商材と思えるものを作りました。
今、それを大幅に仕様変更すべく水面下であれこれやってるのですが。
それやってるうちに、いつの間にか、絵を人に提供するっていう発想が全くなくなってしまってた。
商材ではないから…だけではなくて。
ちょっと、表現が見つからないんだけど。
イベントでライブペイントやって、動画を撮ってもらって。
いろんな人に見てもらって、感想も聞かせてもらって。
なんか、改めて、以前思ってたけど、それを言うのは抵抗があった…っていうことを、思い出しました。
それを今、ココに書くと考えた時、特に抵抗感じませんでした。
うん、いいんじゃない?って思っただけ。
「商材ではない。価値である。」
抽象的なんだけど。
というか、私の頭の中にしかない概念なんだけどね。
売りやすいものだとは、到底、思えないのだけど。
そういう問題でもなくて。
とにかく、今までとは少し違ったところに、配線が繋がったような感じです。
今回はホント、やってよかったです。
(撮影:山野貴幸)