緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

あなたの知らない世界…は、ついつい「ないこと」にしたくなる…が

 

 

 

つい最近まで、「山道走ってて、民家の敷地に見かけた“あの木”を1億で買いたい」とマジ話をする人間がこの世にいるとは、思わなかった。

人から聞いても、大げさに脚色してるんだろうと思っただろう。

本人から直に聞いちゃったら、信じないわけにいかない。

そんな風にして、ウン千万でポーンと買ってきたご自慢の木が何本もあるのだ。

 

車とか、何らかのプレミアムな品を大枚はたいて買う人たちがいる、ってことはわかっていたけど。

 

 

 

人間て、「知らないことは不安」に感じるように、できている。

 

だから、想像すら及ばないことを…特に、証明しようのないようなことだと。

まず、十中八九、否定したくなる。

それは自然なことだから、しょうがない。

 

けど、そういうのを、「あんなのインチキだ」とか「ウソだ」とかって、すぐに断罪しちゃうのも、やっぱりどうかな、って思う。

 

想像の埒外なことを聞かされた時、否定したくなるほどザワっと来る。

 

で、次に、なんか奇妙な正義感に駆られるタイプがいて。

 

そういうパターンを持っていると、どうにかして否定材料を探し、その話をしている人や、関わった人達を悪し様に斬り捨てつつ、騙されるな~なんて、のろしを上げたくなてしまったりするんだな。

 

確かに、意図して騙してることもあるだろうし。

インチキを吹いてることもあるだろう。

そういうのに巻き込まれてたら、気の毒(というか、バカ?)だと思うだろう。

だから、啓蒙しなきゃならないって。

 

 

けれどね。

そこには、自分自身の中の不安とか、劣等感とか、欠乏感とかいった、何らかのマイナス要素があって、それが駆り立てているだけ…ってことも、あるわけでね。

 

 

そういうのを、何回もやらかしてきて、いい加減アホだなと思うので。

私は、見かけても、静観するだけになってきた。

断罪とか、告発とか、ブチ上げる系のことは、今は興味ない。

時々怒りを感じるようなことに遭遇する場合もあるけれど。

そういう時でも、「私には想像すらできないだけ」のことが実際に広がっているかも知れない…ということだけは、忘れないようにしてる。

 

一面だけ見て斬り捨てるのはカンタン。

 

けれど、世界は一面ではないのだ。

 

 

 

どれだけ、自分が賢いと、知識豊富だと、遠くまで見通せると、思っているのかな?

お釈迦様の手のひらを飛び出せなかった孫悟空…みたいに、なってやしないかな?

 

そういうことは、すぐにはわからないし。

わかった時は、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 

でも、それもまた、通る道。

 

 

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