緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

人の不幸でしかあがなえない…そんな痛みを追体験しに行くの、やめにしない?

しばしば、耳にするのは。

自分と同等か、もしくはそれを上回るような困難や苦境に遭ったことがある人でないと認めない、という感覚。

 

「わたしは、○○が××しても、それを克服して今、これをやっている」

 

それが、自信にもなっているのだけど。

あまりにも困難だったがために。

あまりにも辛かったがために。

そんな思いをしてきたことを、「最低ライン」に、設定してしまう…という。

 

ある意味、刷り込みの間違い…なのだけど。

 

でも、暗に、自分以上に「不幸だった」人以外は、認めてやらない…という心理に傾いてしまう…という。

 

 

でも、思うんだけどね。

 

そんなに、人にツライ目にあってもらいたいの?

そんなに、同じような辛苦を味わってもらいたいの?

もっと苦しい状況に、人を追い込みたいの?

 

それを切り抜けてきた人でないと認めない…って、そういうことだよね?

 

みんなが、自分と同じかそれ以上に苦しい目に遭えばいい…と。

 

そういう、ことだよね?

 

 

そんな思いを抱いている限り。

その苦しい記憶からは、逃れられないと思うんだ。

 

誰かにそれを強いる限り。

 

自分も、楽な気持ちには、なれないと思うんだ。

 

 

もちろん、一時的にそんな気持ちになっちゃうことはあると思う。

それほど、辛かったのだし。

 

けれど、ずっとそこに居続けるかどうかは、自分で選ぶことができる。

 

 

環境や血縁、天変地異。

そんな、どうしても避けられないことや、個人では太刀打ちできないことは、いくらでもある。

 

人も引きずり下ろさなきゃやってられない程の痛手は、人の不幸でしかあがなえないのかも知れない。

そうかも知れないけど、そんなことで埋めた穴は、やっぱり膿んで痛むと思うんだ。

 

 

私はそこまでになったことがないから。

こんなこと、思うのかも知れない。

 

そうだね。

たぶん、そうなんだ。

 

でも、あなたが味わってきたことの100分の1くらいしか辛くなかったとしても、それなりに痛い目にはあってきてるし。

人にも同じ思いしてもらいたい、って考えてしまう時は、自ら思い出して追体験しているな…っていうのは、経験から知っている。

 

追体験、やめればいい。

 

許しなさい、って言ってるんじゃない。

それは、したくなければしなくてもいいと思う。

 

そうじゃなくて。

自分から、それを再度味わいに行くのは、やめようよ…って、言ってるだけ。

 

自分を自由にできるのは、自分しかいない。

 

それだけの話。

 

 

 


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