緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

教室の「空気」は行きたい気分を左右する!

すごく空気が良いな、と感じる教室と、そうでない教室がある。

貸し会議室やレンタルサロンなどでも、主催者によってその空気感は明らかに違うのだけども、「専用のスペース」を持って運営されている教室の場合は、さらにそれが顕著になる。

 

同じ種類の内容を教えている教室に複数、行ってみたことがあるので。

教えている内容(やり方、という意味ではなく、種類)による、というのは、そうとも限らないと断言できる。

 

1、2度行ってみたものの、もう足が向かない教室と、1度行ってみただけで「ああ、ここは長く続けるかも知れない」というキモチにさせてくれる教室。

 

その差は、ズバリ。

 

「講師(または主催者)自身が身にまとう空気感」

 

の差違だ。

 

 

種類が同じなら、どの教室でもよい、というのは、絶対違う。

少なくとも私の場合は、場所の遠近などよりも数倍、その重要度が高いのが、先生がどういう人か、ということだ。

曜日や料金がどうしても希望と折り合わないという場合は仕方ないとしても。

どんな先生かによっては、出せる予算の上限が大幅に上方修正されることだって、ある。

少々遠かろうが、通える範囲であるならば、先生を選んで決める。

 

その先生の技術やセンスは気に入ったけれど、先生の空気感がどうしてもイヤ…ということも、過去にはあった。

さらに、その先生の身近にいる人達の空気感が、どうしてもイヤ…というのも、あった。

悪い人達ではないのは、わかっている。

熱意もあるし、一定の支持もある…それも、わかっている。

だけど、私はどうしても、イヤ。

そういう理由で、通うのをやめたという前例は、けっこういくつも、ある。

 

 

何かの技術を身につけるにあたっては、確かに「いいから黙って言うコトを聞け」というのを呑むべき段階というのが、ある。

 

そんなことは、わかっている。

 

わかっているからこそ、「誰の杯を受けるか」が、大事なんじゃないか。

 

 

 

あんたの教えているやり方は、好きだよ。

あんた自身の作品も、好きだよ。

でも、あんたの身にまとった空気感がイヤなんだよ!

 

という。

 

もう、こればっかりは、皮膚感覚の問題だから、自分でもどうにもならない。

そこを無視して、とにかく技能を習得するまでガマン…とか、思ったこともあったけれど。

ダメなもんは、ダメなのだ。

ヤル気がなくなるし、行く気もなくなる。

バカじゃねーの、と自分でも思う時があるけれども。

 

バカでけっこうだ!

 

 

けれど、最近出会う先生方は、どの方も、空気感がいい。

ありがたいことだ。

 

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