煽りdisりは、たぶん焼き畑みたいなもの
意見をはっきり言う方がいい…と言う。
そのことと、煽る/disるをスタンダードにすることは、違うんじゃないかな。
そんなやりかた、あなたの本来の姿?
と感じる人まで、「ハッキリ述べる」が、いつの間にか煽り文になってる。
いや、「本来の姿」なんて他人からはわかろうはずもないのだが。
どうも、なんだか、違和感があるんだけど?って感じることは否めない。
ハッキリ自分の意見や考えを述べること。
日和見にならない。
無理して合わせたり曲げない。
それは何も、煽り文にしなくても、disりを混ぜ込まなくても、できる。
炎上も辞さない…というか、炎上された方が注目が集まっていいじゃん、っていう考えが基本なら別にいい。
突き抜けて、炎上王を目指してもらいたい。
ただ、そうでないなら、何も煽る必要はなく、無駄に刺激的な文言を使う意味は少ないと思うのだ。
私か?
私は、もとからdisり系だ。
炎上王は目指してないけど、自分の違和感を書いているとどうしても、違和感の元になるところを指摘して、「だから違うだろ!」みたいなカタチになっていく。
この1、2年の記事は、至っておとなしい。
実際、古くから知ってる人には、よくそれを言われる。
文章量も、もっとあった。
でも、そういうスタイルでやってきた自分が言うのもヘンだけど。
煽る、disるやり方は、安直でバカなヤツのやり方だよ。
もちろん、私もそう。
不動明王とは、コワモテでもって、言うコト聞かない者をふん縛って、まず動かない逃げないようにしておいてから説く。
けれど、それは、「その段階に降りて行かなければ対応できない層」の者に対応するための観音菩薩の化生だ。
煽ったりdisったりしないと人に向けて伝えられないなんていうのは、ハッキリ言ってそのレベル。
本当に、人が心を動かされる…しみいるような言葉は、そんなやり方からは発せられない。
そんなやり方では、人の心は、本当には動かない。
安直に、刺激的で人目を引きやすい手法は、それが染みつくと諸刃の剣。
違うやり方を探した方がいいんじゃないかな…と、薄々でも感じている人がもし、いたら。
ぜひとも、ご自分のその感覚を大事にしてもらいたい。
楽しいことを伝えたい人が、煽りdisり層の仲間入りをしたら、ダメです。
少なくとも、そこに居着いてはいけません。
通り過ぎてください。
私も、通り過ぎたいと思っているんだけどね。
腹の底のマントルエネルギーを違う出し方に変換するやり方が、どうも噛み合わないので、まだ試行錯誤中なのです。