陶芸は化学だ 古代から受け継いできた人類の経験値というロマンだ
釉薬のカタログは、成分名で書かれているものが多い。
それが何を意味するかを知らないと、そもそも何色なのかもわからない。
調合する時、配合比率がある。
焼成後にできる油膜を除去するために稀塩酸に浸す...などもある。
釉薬同士の成分がどう化学反応を起こすかを把握せずにうっかり隣接させて窯に入れてしまうと、思わぬ反応を引き起こすこともある。
陶芸は、化学だ。
今日は、初めて使う材料を一つ、開封した。
揮発する液体で。
濃くなりすぎた時に薄めるものは、アンモニア水。
筆を使って塗るもので、すぐに硬化が始まるので、筆は常に濡らしていなくてはならない。
水で洗えるのだが。
使用後に見たら、筆はボロボロに痛んでいた。
それだけ強い成分だということ。
乾燥後に剥がすので、生地に残ってしまうなどはないのでご安心を。
底面に釉薬がつくと、焼成中に溶けて棚板にくっついてしまう。
だから、底面の釉薬は剥がさなくてはならない。
底面が広いお皿などは、あらかじめ、撥水剤を塗っておき、その部分には釉薬がつかないようにする。
撥水剤は、シンナー類だ。
これまた、匂いがきつい。
たくさん使う時は、冬でも窓を開けておかなくては頭が痛くなる。
釉薬も、生の状態だと毒性のあるものがある。
鉱物だから、そりゃそうだ。
熱の上がり具合、熱のかかる時間、隣り合うモノの成分。
それらすべてが、色変化の要素になる。
また、釉薬を使わずに光沢を出す手段もある。
思わぬものを使うそうだ。
見本を見たら、実にいい感じだ。
さっそく、試すことにする。
そうしたことは全て。
あまたの先人が、あまたの失敗を糧に、積み重ねてきた経験の賜物。
縄文の時代から、人は土と熱で焼き物を作ってきた。
時代が変わり、素材も道具も設備も変わった。
それでも、太古からの経験値が積み重なって現代に繋がり、それをまた、未来へつないでいくのだ。
ロマンだなあ~。
なーんて考えながら。
まるで思いもしなかった壁にぶつかり、「おいおい...まさかこんな大変なことになるなんて...」とブツブツ言いながら、試作品の陶器あかり玉と格闘していた本日。
奥にある丸いモノが、「まさかこんな~!!」と叫ぶことになる前......釉薬をかける前の、陶器あかり玉試作品。
今回のは鮮やかにパキッと塗り分けを試みた......のはいいが。
陶器あかり玉は、根本的に作り方を再考しなくてはならないと判明したのは、このわずか30分後のこと。
手前の勾玉皿への絵付けは、アンモニア臭のする新技を使った。
こちらは思いの他、使えるなという感じ。
もちろん、どちらの作品も焼成前なので、本焼き後は違った発色になっているだろう。
窯。
ほしい。
家で焼きたい。
金彩を入れたり。
一つだけ、上絵付けを足したり。
二度焼きしたり。
窯。
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