アドバイスを求める相手をどうやって選ぶのか...「虚業」ではなく「実業」の人が望ましい
実にタイミングよく、面白い記事がUPされていたので、まずそれをシェアする。
こちら。
何が「タイミングよく」なのか、っていうと。
「アドバイス求めるなら、しっかりと実業のある人がいいね」
ていう話を、今日、していたからだ。
思いつきでしゃべってるだけで「コンサル」を名乗ってる人が、なんと多いか。
そんな話から出てきたこと。
もちろん、私や、今日話をしてた相手(仮称Aさん)が関わったレベルが「そもそも、コンサルを名乗っていいのか?」という人たちだ、っていうのは、ある。
それを、踏まえて。
あんまりにも、「根拠もなく、実際にはちゃんとした戦略性もないのに、あるかのように見せかけている」ケースが多いよね、っていう話だったのだ。
リクエストが来た内容、というのは。
現実にそれを言った人以外にも、同じことを思う人が必ずいるもので。
仮に、そのリクエストをした人が実際にはサービスを買わずに「言っただけ」に終わったとしても、ニーズはあるわけだ。
けれど、自分一人の頭の中だけで考えた内容は、「自分にしか<よい>と思うポイントがない」とか、「つけたい価格に見合っていない」とかいうことが、起きる。
安くつければいい、というものではないけれど。
高くつければいい、というものではない。
適正価格は「創り出すもの」とは、確かにそうだと思うのだけど。
それにしても、やっぱり、「バランス」というのはあるわけで。
提供したいと思った内容と、つけたい価格が、合ってるかどうか。
それは、重要。
そして、そうしたことを「ちゃんと」計れるのは、実業をきっちりとやっている人たちだよね、って。
そんな話。
「起業女子」なんて言われている人たちには、講師とならんで「コンサル」「コーチ」「カウンセラー」が多い。
私には、そういう印象がある。
女性だけじゃなく、男性にも多い印象はある。
たまたま、そういう方達との絡みが今まで多かっただけかも知れないけれど。
その人のバックボーンに、きちんとした市場感覚とか事業センスがない、という人も多くて。
そういう方のアドバイスは、ただ単に口先で「いいんじゃない、あなたならできる!」とか「やりたいことはやればいい!」みたいな耳障りはよいけど実のない台詞だ、ってことが多い。
私はそういう印象だし、私が話をしたことがある多くの人から、同じような印象を聞いている。
それだけ、「テキトーなこと言う」ケースが目立つということなのだと思う。
アドバイスする側が、そもそも「机上のモデル」だけで話をしている。
それも、自分の机の上だけという範囲で。
そんなアドバイスに従っても、机上論がさらなる机上論に上書きされるだけだ。
今日は、そんな話をしていた。
そこに、上のリンク先記事。
私も、仮称Aさんも、今までにアドバイザーやコンサルタントに相談してきたことがある。
私もAさんも、たまたま、「仮にうまくいかなくても、アドバイスしてくれた人に責任を求めない」派なので。
それは、責任が相手にもある、と思ってないという意味ではなく。
最終的にそれにGOを出すのは自分だから、責任は自分にあるのであって、アドバイスの相手にケツを拭かせるのは間違っている、て思っているという意味だ。
実のないアドバイスをする人にも問題はない、と思ってるわけでは、決してない。
それは大いに問題なのだ。
が、そういうアドバイス相手を選んだのもまた、自分だから。
そこに矛先を向けることはしない、という。
それだけのこと。
Aさんも、私も、自分一人の頭で考えつくことなんて知れてる、と知っている。
そして、視点にも限界があり、必ず盲点があることも。
自分の発想の先へ行きたいと思えば、自分一人の発想から出る必要がある、ということも。
だから、これからも多分、人に...プロに、アドバイスを求める機会はあるだろう。
その時に、どういう相手を選ぶのか。
それはやっぱり、「その人自身も、人からのリクエストに従ってやってみて、結果を切り開いていった経験のある、実業をやってきた人」だよね、と。
そういう話。
異業種でもいいのだ。
むしろ、その方がいい場合も多々ある。
同業者や、同じ畑出身の人とは、盲点や制限の枠が重なっていることも多いので。
発想の限界、というのも、似たラインにある場合があるので。
どんなことも、結局、最後は「人」だから。
背負った看板とか、収入の多寡とか、地位の高低とか、そうした外側の要素よりも、大事なのは
「いかに、その人が現実を生きているか」
「どんな信念の元に生きているか」
だと、思う。
そして、それを真面目に考えることこそが、
「自分は、これを誰に届けたいと願うのか」
ということを考えることにつながる。
手近なところで済ます、っていうのは、一番よくない。
思いも寄らないところから、思いも寄らないモノが飛び出てくることもあるのが、この世の面白さだね。