石を擬人化しすぎて感情移入しすぎている人たちに冒涜者だと言われた話
以前、とあるクローズな会の中で、クリスタルの粉末を絵の具に混ぜたい、ていう話をした。
そうしたら、後からその主催者のブログに「冒涜だ。ありえない。考えられない。すごくショック」って書かれた。
その人は石が大好きで、極端に擬人化した感覚で石を扱っていた(という印象)。
彫りの入ったものとか、ピラミッドとか、多面体とかに加工されているものをたくさんコレクションしていて、「すごく波動が高い!」と大事にしていた。
かなりコアな感じに見える生徒さんを抱えていて、その人たちに販売もしていた。
確かに、他ではあまり見かけないような精緻な細工をされている石もあった。
ただ。
その石たちさ。
研磨の過程で、かなりの部分が、粉になっているんじゃねえのかよ...とね。
ブログに書かれていなくても、もうその集まりとは関わる気がなかったから。
読んでも「やれやれ」くらいにしか思わなかったけど。
当時は思いついてなかったんだけど。
日本画の岩絵の具は、鉱物だから。
まさに、砕いたクリスタル...と、言える。
あまりにも自分の守備範囲内すぎて、「顔料が鉱物」っていうことがすぐに思い浮かばなかった。
(つーか、たぶん私がほしいようなのはグラム万単位みたいな絵の具だと.....)
話戻すと。
すごくスピリチュアルなところに偏っている人たちは、時々、ものすごく矛盾したことを言って人を責める。
天然石をいろいろな形に加工するのは、その石の最もよい状態を引き出すための加工だ、というのがその人たちと関わっていた別の人から聞いた理屈だった。
でも、削って粉末になった部分があることは間違いなくて、私はそういうのを手に入れればいいな、と思ったわけで。
むしろゴミにするよりもよくないか?
けれど、冒涜だと言う。
私のその言葉を聞いて、ものすごくショックを受けてしまい、後日寝込んだそうな。
その記事には生徒さんたちのコメントがいくつもついていたけど、みんなして冒涜だ、考えられない、石がかわいそう...といった内容。
石の最高のパワーを引き出すために形を削って変えることは、石のためになる。
でも、そうやって出た塵を使いたいという意見は否定する。
石のパワーを最大限引き出す、というのは。
石を使っている、という意味だよね?
彼女たちは、石はパートナーだから喜んで働いてくれるんだ、と言ってたけれど。
塵になってしまったものだって、もとはその「かわいい石」の一部だったところなのに。
謎だなあ。
私は精緻すぎる細工をされている石にはあんまり興味がないので。
そもそも、相容れない感覚ではあるのだけどね。
ちなみに、その後、粉末水晶を手に入れて、使っていました。
今もまだ手元に残っていて、アクリル画には混ぜてもいいかな、なんて思っています。
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