願掛け
改めての、「死を想え」
そして私は。
一度解除してもいいかな、と思っていた「一点がけ」の願を、再度かけることにした。
私がアレコレ走り回り、試行錯誤してイロイロ作っている…それをどうにかして軌道に乗せようとしている、その熱意のうちの、かなりの割合。
かなりの、比重を占める、その意味。
一点に絞った願掛けをするってことは、他の願いを神前で告げないってこと。
5円や10円で、どんな願を掛けるっての?
行く先々で、チャリンといくばくかのお賽銭を投げて。
どれだけの願を、願うのか。
あなたの「願」は、そんな程度の対価でつりあうような、チャチなもんなのか。
バカバカしい。
この願掛けは、私の残りの寿命をとられても文句言えないレベルなので。
というか…「オマエの寿命であがなえるレベルなのか?」と逆ツッコミされてもおかしくないな…。
これ以外の「願い」を神前で告げることを今後しない…なんて、問題ナッシング。
もともと、神社で願掛けなんかしないから。
というか、神に願うことなんて、ほとんどないから。
死を想え。
一旦は「解除してもいいかな」と思った…それを再度掛けるってことは。
おそらく、前よりも大きい対価が必要なんだろう。
前の願は、ほぼほぼ叶ったと見なしてもよいかと思う。
今の状況にまで持ち直した、というのは、奇蹟としか言いようがない。
その願の対価はどうなってるんだろう…と、思う。
私から見えているところは「叶ったように見える」だけで、解除どころか強化継続中…だったり、するのかも知れない。
いずれにしても、こちら側の対価を上乗せする必要はあるはず。
とりあえず、文句言いながら願掛けはする、ってのもヘンな話なので。
少々の無理難題やら、おかしな辻褄合わせなどにブー垂れるのはやめるとするか。
ネタにはするけどな。
前にその「願」を解除してもいいかな、と思った時の記事