大事なことを訴えているとしても、自分の被害者感情や恨み事が出過ぎるとドン引きです
「恨みが画面から伝染してきそう」な文章って、誰も幸せにしない。
何らかの出来事があって、思うところがあって、批判をしている。
それだけならいい。
読んでいると、直接の接点を持ってなくても、汚染されてくるような感じになる文章。
もう、相手のことを訴えているよりも、自分の痛みをただただまき散らしているだけみたいな。
建設的なことは何もなく。
だからって、その「加害者」に直接何かすることはなく。
しかるべき公的機関に持ち込むわけでもなく。
今後はこういう風にしたらいい...などの問題提起があるわけでもなく。
ただ、恨みをまき散らすだけ。
そういう書き方。
自分の正しさの主張。
時には、その文章の書き手本人が被ったことでないことが発端だったりする場合も。
知人が、家族が...というところから入って。
相手方の個人なり団体なりを、とにかく叩いて叩いて叩きまくる...という。
それだって、自分の正しさの主張。
そういうやり方は、残念だけど、相手方には何一つ響かない。
それこそ、その手の「自称告発者」が忌み嫌う「そのエネルギーを他に向ければいいのに」とか「やっかんでいる」と逆にささやかれて終了です。
事情を知らずに読んでいる人にも、最終的には良い印象は残らない。
少なくとも私は、良い印象を持たない。
告発も大事かも知れないけど。
やり方を間違えたら、自分がより痛い目にあうだけだと思うんですよ。
そんで。
もし、本当の動機が「見返してやる」とか「引きずり落とす」とかだったら。
そんなことにエネルギー使うのは自分のロスでしかないと私は思う。
辛かったことや痛みを無視してエセポジティブをやれ、って言ってるんじゃないです。
「次の被害者を出さない」のが大事っていうのも、わかるんです。
自分が痛い思いした悔しかった悲しかったことは、泣きわめいてもいいし。
新しい被害の防止に、啓発的なことをやるのもいい。
ただ、その両者を混同しないで、分けてやる方が、どちらに対しても効果的です。
やられる側にも落ち度が...みたいなことは、言いたくない。
それを言われてしまってもしょうがないかな...と思わせてしまう訴え方はしない方がいいよ、っていうことです。
そして、「でもあなたは直接関係ないよね、何偉そうに騒いでるの?」と思わせてしまう訴え方も、損だな...ということです。
※マスメディアの前に顔出し実名などで登場して訴えている人のことではありません。