緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

自分という道具を磨くために

もう少し皮を剥き去りたい、と思ったら。

今はもう、何かを足す段階ではないのだろう。

そぎ落としていき、残ったものに磨きをかける...というしかないのだろう。

 

5エレメントは、そろった。

 

最後に登場した「金」は、最も華麗であり、高価になりやすい。

そして、私自身の手で作る工程が最も範囲が狭くなる。

人の手が最も必要になる。

 

陶器もまた、私の手によるコントロールが難しい部分が多い。

窯や素材に左右される。

私自身が思うようにできる範囲は、それほど広くない。

 

自分がコントロールを効かせやすいのは絵だけど。

それだって、どうなるかわからないことに変わりはなく。

 

そう思うと。

私にできることというのは、

「より、自分を空にする」

ことだけな気がする。

 

 

自分が身に着けている技術など、大したことはない。

ただ、それをより活かしきることで、結果は変わってくる(はずだ)

 

ああしたい、こうしたい...ということではなく。

いかに、描かれるべきものをそこに具現化するか...ということであって。

自分が何をどのように描きたいとかは、どうでもいい話。

 

描くべきものは、どう描かれるべきなのか。

 

この紙の上にのっている「存在」を、どうやったら、最もそれに適した像として固定化できるのか。

 

私は、自分自身も一つの道具だと思っている。

私が使うのではなく。

描かれようとして、そこに来ている何かによって使われる道具だ。

 

より、そこに徹するには。

何をそぎ落とし、何を磨くべきなのか。

 

最近、また、山ごもりしたい欲求が出てきている。

 

冬の日本海を見に行きたい。

 

 

 


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