緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

気がつかないワタシは、本当はすごく、高飛車なのかも…と思ったの巻

普通に、団体生活などで必要になる「気がきく」ということも、私はサッパリなのですが。

何らかの「おまじない」やら、「魔法」の類をかけてみた、ということにおいても、本当に、気がつかないことが多いのです。

 

それって、もしかして、あの時のアレの効果なんじゃないの?

 

そんなことがあっても、「今更?」っていうほど後になってから、ひょっとして?と、薄っすら思うことがある。

ていう、レベルに気がつかないです。

 

考え方の習慣として、そういうのができてない。

なので、仮に何かしたとしても、あるいはしていただいたとしても。

直後にはもう、忘れてしまうものだから。

検証、ということが、サッパリできません。

 

 

先日の「自分がかけた呪いなら逆転してしまえ」発想なんかも。

私にしては、珍しいそっち方面の発想だよな、てその時も思ったんですけども。

その前に、とある、効果の大きいとされるあるものの伝授(て表現でいいのかな?)を受けていてね。

たぶん、考え方の習慣ができていれば、今までと違った何かがあれば、その働きかもしれないって検討するんではないかと思うんですよ。

 

ことよりのみくじ、なんていう護符メニューをやっている身としては、どうかと思うんだけど。

私自身は、何らかのカタチで「開いた」という「伝授その他を受けた、という、そのポイント」は

「通過するものだ」

と、捉えているので。

そこを起点にして継続していく術、というものを自分が身にまとっているということすらも、念頭からは抜けてしまったりするんです。

 

もっと見えない力を使えばいい、と今までどれだけ言われてきたか。

その時は、そうだよねーと大いに思うのです。

けど、小一時間もすれば流れ去ってしまうんです。

 

 

でも。

だから、自然に効いている…ってことは、あるとも、思います。

 

 

なんというか。

執着がないので。

斜め上から思いがけない変化球で届いても、そもそも「どこから来るかの予想」すらもしてないからね。

変化球であろうとなんだろうと、来たら受け取るか、打ち返すか、受け流すか…その時の自分の反応次第。

 

いいんだか、残念なんだか(笑)

 

でも、逆にいえば、しくじって返されている時ですらも気がついてないので、普通に反応して過ぎ去っているってことでもある?

それはそれで、平和でいいじゃん、て思います。

 

まあ、こういう風だから、何かのせい、誰かのせいにして逆ギレするようなことは起こさない、ということかも。

ハナっから、期待してないというか。

 

んー、期待してない、っていうのも違うなー。

効果があるって感じることしか手は出さないから。

面白いな、とか、楽しそうだな、とか、なんかいいかも、っていう風に気持ちが動くことしか、習ったりもしないし。

義理で受けるとかも、ないし。

 

術をかけてみる時も、頼むよもう〜って、思いながらだし。

効果は期待しています。

当然じゃんね。

 

けど、すぐ忘れてしまうってことは。

「かけた時点で、完了」

て、設定してるんだろうなきっと。

いや、もしかしたら、

「失敗しませんから私」

みたいに思ってるかも(笑)

どんだけ高飛車(笑)(笑)

 

 

実際に、今まで死なずに生きているから、全て成功していると言っても差し支えなかろう(笑)

 

 

過去に、「意図的に忘却する」ことを長く続けたことがあるので。

これも、もしかしたら、その時の「術」が活きているんではないのかな、ていう気も。

しないでもない。

忘れるようにしたのは、やっぱり、その方面の話だったからなあ…

 

(昔の私がすごい術の使い手だったていう話では全くございませんよ。念は強かったと自分でも思うけどね)

(知らずにやってる一番タチが悪いタイプと言えなくもないか…)

 

 

 

 

言縁百式の札が、すべて描けました。

いよいよ。

実技編が近い!

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