緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

新しい波が世界を洗う 全く概念の違うWebサービス達と経営者脳

十年一昔、と、昔ですら言っていた。

今や、3年もすれば「一昔」な感覚になる。

 

そんな時代には、次々と、新しい概念のもとで始められるサービスが登場している。

 

今日は、個々のサービスについてではなく、サービスを受け入れるかどうかという姿勢を決めていくためのもとになる感覚の話。

 

 

私は昭和40年生まれ。

戦後という時代から抜け出し、高度成長しようとしている真っ最中の年代だ。

親世代は、子供時代こそ戦中戦後で苦しかったけれど、あとは「右肩上がり」年代。

そして、今も、年金満額支給年代だ。

一番経済的に潤っている人たちの、すぐ下の世代が私。

働かない、苦労しないでお金を得ることは悪だという観念は根強い年代と言える。

お金持ちは必ず悪いことして儲けている、みたいな感覚も親世代は根深いし。

現代も、まだ、その呪いをかけられている。

 

けれど。

世の中にはインターネットが登場し、スマホが登場し。

仕組みはガラリと様変わりした。

 

私は新し物好きな面もあり、凝ると凝る性分でもあったため、同年代の中では比較的早くパソコンを覚えネットも駆使して生きてきた。

だから、それなりに、新しい動きをキャッチできる状況にいる。

 

でも、私達の年代にはきっと思いつくことができないだろうサービスが、今どんどん出ていて。

クラウドファンディングもすっかり定着したけれど、以前は個人がそんなことやるなんて、考えられなかった。

 

今や、もっと細かい単位にその動きが波及している。

 

何かちょっとした企画をやりたい、その資金をどうにかしたい。

そんな時、昔なら、何か売るか、労働するかして、物理的時間的な因果関係の中で工面することしか普通は思いつかなかった。

その工夫の優劣によって得られる結果が違うとはいえ。

基本は、何かを提供することで得る「見返り」だった。

 

しかし、最近それが構造から変化してきている。

 

何もしなくても。

みんなが楽しそうだなと感じる、ちょっと関わってもいいなと思える企画さえ考えることができれば、それだけで「賛同してくれる人、寄っといでー!」と声をあげることで資金も集められる仕組みが登場した。

 

何もしなくても。

アイデアだけで。

きっかけだけで。

 

一昔前ならば、そんなのはただの「絵に描いた餅」であり、妄想でしかなかった。

 

それを実際にカタチにすることができてはじめて、人に訴える場所に立つきっかけがもらえて。

そこに持ち込むまでに、ほとんどの人は断念する。

 

断念せず完遂できる者にだけ権利が勝ち取れる。

それは、ごもっともではあるのだが。

結局、そうした構造が「少ないパイを奪い合う」ことにつながって、蹴落としあい騙し合いの世の中で回ってきたのではないだろうか。

 

 

なぜ何もしなくてももらえると思えるのか理解できない。

 

そんな人も、たくさんいると思う。

無理もない、そうした仕組みのもとでしか生きてこなかったのだから。

 

人を頼るな、自分でなんとかしろ。

 

そんなご立派な理屈で。

ほんの一部の人だけが、高いところへ昇る。

 

けれど。

人口は減少している。

人は減り、労働力は衰え。

搾取したくても、搾取対象者の数が減る。

 

世界があるって?

ご冗談を。

今や日本は、「日本人は安く使っても猛烈にしっかりきっちり働くよね」と思われるつつあるのだ。

今までの観念のままでは、世界から搾取どころか、逆にされる側になるだけだ。

 

 

けれど、そもそもの構造が、一握りの層が他を搾取する構造から変わっていけば。

それこそ、日本人が昔から得意にしてた「おかげさま」で、世の中が回れば。

 

「こんなことやったら楽しくない?」というアイデアだけある、っていうところに人が楽しくお金を流す、それが普通になれば。

 

騙すの奪うの、という呪いが、破られる日が来るのでは?

 

甘ちゃんな考え方かもだけど。

 

「生きているだけで価値がある」が真実ならば。

何もしてないけど声だけあげたよ、っていうところにお金が流れていくことは、間違ってないと思うのだ。

 

「生きているだけで価値がある」

それが真実だと「本当に信じている」なら。

 

 

いや、違うだろ。

 

「こんなことしたら楽しくない?」というアイデアを出して声をあげた。

やってるじゃないか。

 

生きているだけのところから、動いてるじゃないか。

 

「そんなことで」と断じるならば。

じゃあ、どこまでやればあんた達に「認めてもらえる」と言うのかな、って。

 

そもそも、認めてもらう必要が、あるのかい?

 

 

そんなことを考える日々。

 

 

昨日紹介したジュエリーデザイナー長谷川さんのお話にも、何度も登場したのが

「先渡し」

だ。

まずはギブ。そして、さらにギブ。

 

現実に商売する時だって、仕入れという「先払い」が発生するじゃないか。

「楽しそうだから、そこにお金を流す」という先払いっていうだけの話であって。

確実に見返りを取れないなら出さない、というのは、そもそも「まずはギブ」ではないわけで。

 

ジュエリー業界の裏話、っていうので、こわーいお話もお聞きした。

けど、その「こわーい仕組み」は、ジュエリーの世界だけでなく、およそあらゆる業種で確実に行われている構造でもあり。

残念ながら、「人の幸せを願う」はずのスピリチュアル業界にも、見事なまでにそのこわーい構造ははびこっている。

 

昨日、長谷川さんのお話をお聞きしながら、後でカフェで一息つきながら。

世界が二分されつつあるというスピリチュアル業界で盛んに言われている理屈を、見事なまでに表現しているなという「経営者脳」について考えた。

長谷川さんのお話と、今次々生まれてきている概念の違うWebサービス達。

 

時代はもう、「変わってしまった」んだな。

よくも、悪くも。

そんな風に、すごく、感じた。

 

 

私ら世代や、その前後に、少ないパイを奪い合うことで成り立たせてきた仕組み。

現実に、もう、それは新しい波の隆起を押しとどめることができてない。

やった分だけもらうのが当然、やってないならもらえなくて当然。

その、一見正しいように思える観念は、もう崩れ去っているのが見えてきている。

 

そして、その新しい波が洗った後の世界を今よりよくするかどうかは、今生きている全ての人の行動にかかってくるんだよなー、とも。

 

 

ああ、WebサービスやジュエリーデザインWSから、すごい大きい話にまで広げてしまった。

これが私の、悪い?クセ。

個体から液体、気体への解凍は得意だけど、逆の圧縮は苦手なのよ。

だから、実際の絵を描くという行動では圧縮専門なんだろうけどね。

 

長谷川さんのワークショップについてはこちらの記事をご参照。

経営脳をインストールしたい人にもオススメです。

 

art-hiro-b.hatenablog.jp

 

画像は、長谷川さんのデザイン画の描き方レクチャー中部分図

f:id:art-hiro-b:20170813151847j:plain

 

 

★外部サイトからも読者登録できます!→

 

 


掲載画像、文章他の転載はご遠慮ください。引用の際は出展元の明記をお願いします。