緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

うまく活かせば、かつてないほど豊かでいい世界を織りなせるはずだから

人の感覚は、人の数だけの感じ方がある。

ただ、それを表現するための言葉には種類が限られていて。

かなり違う感覚の人同士であっても、使っている言葉が同じ...というのが常。

おかげで、いろんな行き違いや混乱や、誤解が生まれる。

 

かといって。

感覚の数分の言葉があっても、結局それは「通じ合わない」ので。

近い共通の言葉を探すことになって、結果的には「限られた数の言葉しかない」時と状況は同じだと思われる。

 

人と人とが、相互に、ダイレクトに自分が感じているものを相手にそのまま、送ることができるようにならない限り。

 

いや。

もしそうなっても、痛覚に対する敏感さからして個人差があるのだから。

結局は、自分と全く同一の感覚を人に感じてもらうこと自体が、無理ゲーということだ。

 

それを埋めるために、想像力がある。

比較する力があり、差分を感じ取る力があり。

全く違うかに思えること同士に存在しているわずかな共通項目を探し当てる力がある。

 

せっかくそういう力があるのに。

あんまり活用していなくて、鈍らせているのが現代人じゃないかな。

って、時々思う。

 

便利なものがたくさん生み出されてきて、それはそれでスゴイことで。

けれど、代わりに失ったり退化したものも、たくさんある。

 

もちろん、退化も変化の一つだし。

決して悪いことではない。

 

そうは言っても、本来人間同士がうまくやっていくために生まれてきたはずの力までが変質してきて。

今、様々なことの過渡期まっただ中に生きている現代人。

おそらく、過去なかったほどの秒速変化を経験している。

ほんの5年、生まれた時間が違うだけで、まるっきり異なる経験をしている。

 

それは、いい感じの情報交換がなされた時には、これ以上ない豊かな世界を織りなすことができる可能性があって。

 

だから、できることなら、いい感じの情報交換ができる環境を作れるように、自分も心がけたいな、と。

考える毎日。

 

そのために、何をしますか?

 

 

 

 

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