緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

内容を出し惜しみしてかえって機会損失を招いているなと感じた例から思った「ネタバレが許せるか否か」という感覚

ネタバレしたらもう読みたくないとか見たくないというのが、私にはわからない。


誰かが書いたり喋ったりした「結末」と、実際にじぶんがそれを見たり読んだりした時に感じることは、まったく別問題だ。

だから、何度でも同じものを見たり読んだりする。

 

仮に、セミナーで教えていることが事前に丸々内容が見えたとしても。
その講師に興味がありさえすれば、直接聞きに行きたいと思う。
もしセミナーに何も新しい発見がなかったとしても、講師とリアルに時間空間を共有する機会を持ちたいと思うからだ。

 


が、内容をまったく明かさない(明かすことができない?)講師もいる。


もちろん、繊細な内容だから間違いなく伝えたいので文字情報ではちょっとね、っていうことはあるだろう。
が、その場合でも、概要だけくらいなら箇条書きでもいいから、見出し見せくらいはできるんじゃないかなと思う。


それすらしない(したくない?)のはなぜかな、って思った時に、「ネタバレOK」な人かどうかっていうのが、意外と理由にあるのかも…なんて、思った。

 

自分がネタバレ大嫌いな人は、人にもそれはしないだろう。
しないほうがいい、と、思っているはずだ。


だから、内容を先に見出しだけでも見せてくれないとかえって行く気になれない、なんていう感覚は、理解の外。

…なのかもしれない。

 

だったら、「出し惜しみしないで先に出せば?」なんていう話は、それこそ、受け入れられないかもしれないね。

 

だから、すごく思わせぶりなことを告知記事とかに書いて、そういうのをたくさん投稿しているのに、結局その内容は全然、わからないまま…なんていう「見せ方」になるのかも。

別に惜しんでいるつもりではなくて。

そのほうがいい、と思っている…という。

 

 

 

検証も何もしてない、ただの思いつきだから、知らんけど。

 

 

 

 


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