共に在れ
いろんな立場の人がいて。
いろんな考えの人がいて。
いろんな受け取り方をする人がいて。
いろんな感じ方をする人がいて。
人間は、全員が違う。
100人いれば100以上のパターンがある。
その中にいても、自分と被る点が多いように見える人と、真逆すぎて意味がわからないような感じの人と、接点なさすぎて興味もわかないような人と。
自分の反応も、その時その相手その内容…で、様々に変わる。
同じ事を言ってても人によって受ける印象は違うし。
同じことを言ってても聞き入れたいと積極的に思う相手と、断固拒否な相手がいる。
だから、この世は回っていく。
だから、すぐに絶滅することもなく、人類は今も、こんなに繁殖している。
一つの方向にのみ向きが揃ってしまったら。
それは、そのまま、絶滅へのカウントダウンの始まりだ。
違う意見があるってことは、いいことなのだ。
和をもって尊しとなす。
その意味は、和を乱すものはダメだ…ということじゃない。
乱れても、和に戻すことができることが尊い、という意味だ。
別々の考え方を、すり合わせて和を作ることができる…それが尊い。
少なくとも、私はそう解釈している。
日本の神話は、「相談する」場面が非常に、多く登場する。
他の国の神話には、あまり見られない特徴だと思う。
イザナギ・イザナミも、国産み~黄泉下りまでの逸話の中で何度も話し合ったり、他の神の智恵を求めたりしている。
呪詛をかけあう壮絶な別れの場面ですら、調停に入った神の言葉に耳を傾けている。
弟が攻めてきたと勘違いして武装で出迎えた天照大神も、戦って決めることは選ばない。
勘違いされ矢を射られた素戔嗚尊も、やり返して主張を通すのではなく、別の手段を提案した。
引きこもりの女神に出て来てもらうために、神々は会議を開いた。
この土地を誰が治めるか、ということも、まずは話会うところから始めている。
それは、日本の神々というのが、支配君臨する神ではないという端的な表れだ。
日本の神様は、それぞれに役割を担っている。
働いている。
それぞれに立場があり勤めがある、というのが前提。
だから、話し合う。
互いの智恵を求める。
最終的に、よい方へ向かうであろう結論を導き出すべく、まずは話し合いを試みる。
結果として武力行使に至ることもあるし、苛烈な刑罰が登場する場合もあるけれど。
抑えこみ支配し君臨し、その後平定する…という文化とは全く違う。
共に在れ。
http://art-hiro.com/01spirits/164/#illustration #artwork #art #日本の神様 #天照大神
この絵には、はっきりしたメッセージがあった。
こちらの記事に載せているので、どうぞ。
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