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緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

人生時間の交差した一点と、もう交差することのない軌道

自分の欲求のままに猪突猛進していく…っていうのは、感性の世界に生きている人間にはありがちなことだ。

 

そして、人間というのは、己の視点以外の視点や、考え方感じ方というのは、できない。

 

それ以外を想像することはできるけれど。

 

その、「想像する」の内容もまた、個々のキャパシティやバックボーンに大きく左右される。

 

 

特に。

感性に生きてると感じる…「同じ匂いを感じる」と思った相手のことは。

どうしても、事実を正確には、見ることができない。

 

ヘタに、同類の匂いをかいでしまったがために。

相手を測る目盛りが狂う。

 

「これくらいはいいだろう」の匙加減が、顕著に狂う。

 

たいてい、そういう時は、双方が感覚を狂わせているもので。

少しずつの測り間違いで、大きな溝ができている。

 

 

 

なんか、今までもこういうこと、あったなあ~。

その時々、相手によって、状況も内容も違うけれど。

 

数年前に起きた、そんな出来事は。

そりゃあもう、手ひどい傷を自分にも残した。

今は、街でバッタリその人と出会っても普通に挨拶できる自信があるけれど。

それは、何年かかけて消化していったから、そこからいろいろ学んだことがあって感謝しているから。

 

その「学んだこと」の一つに。

「長く引きずらないために手を打つ」というノウハウがある。

 

ちょっとうっかり、間違った方法を採る寸前だったのだが。

虎柄の麒麟に助けられた。

(深く追求しないでねwww)

 

 

なんでも許しそうに見えるのかな。

まあ、そういう風にしそうになっちゃうってのも、自分でも感じるけど。

 

泥の中で生きていくのをカッコイイと思う価値観は、今の私にはない。

そうしたい人はそうすればいい、って思うだけ。

 

自分に恥じない表現をしたい、というだけだし。

そのためには、私は群れの中にはいたくない。

 

壇上から語る気もない。

それよりは、車座になって話したい。

 

何か大きな責任を背負った気になってテンパってるのと、泥の中に咲く花になったつもりとは、全然、違うのだし。

そのどちらも、私の流儀ではない。

 

私は人生の持ち時間が、もう、半分を切ったのだ。

他人にいいカオして、いい気分になってるようなヒマはない。

減っていく時間を、どのように活かすか、ということしか興味ない。

 

似た匂いがほんのわずかあったとしても。

種族も違えば、個体差もあり、同族だったとしても同じではない。

だから、予想外に落胆したことなどは、自分が勝手に「こうであろう」と思っていた…っていうことでしかない。

 

つかの間交差した瞬間があった…というだけで。

長い人生のほんの一点、というにすぎない。

その一点の中に、楽しい時間も有意義な経験もあった。

幕切れがどんな様相になろうとも、そのことは変わらない。

 

離れた軌道は、もう、交差することはない。

 

 

 


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