緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

一箇所にとどまっていては届かない世界がある。だから動く。

陶器というのは、非常に、原価がかかる。
しかも、必要な装備があまりにも、桁が違う。
だからこそ、持てる者のアドバンテージが高いのだが。
それにしても、試作の結果が出るまでに時間も費用もかかりすぎる。
しかも、不確定要素があまりに大きくて、成功率がそれなりに上がるまでに要する試作の量は、尋常ではない。

それゆえか。
一定の方向や成功ノウハウを得た作家や業者は、他の技法を試さなくなる。
決まった土、決まった釉薬、決まった手順。
もちろん、それを積み上げていくことで得られる精度というのは、それはそれで素晴らしいものだし、そこからしか生まれない逸品というものはあるけれど。

 

私は陶芸のイロハすら知らない状態で飛び込んでしまったので、常識的な手順や技法をほとんど知らない。
だから、少し、「これやってみたい」が出てきても、経験者にヒントをもらうくらいしか、手がかりがない。
自前の窯があればまだしも、そんなわけでもないので。
焼成できるタイミングを待って、数ヶ月かかってやっと、一つの試作品が窯から出てくる。
成功確率は3割程度だ。

 

 

窯の温度が1度違えば、結果が全く変わってくるという。

だが、自分の思う設定でやれるわけでもなく、共同で焼いてもらう限りは、試したくてもできないことが多い。

だから、過去の経験則を知りたいのだが。
前述のように、だいたい、一定の決まったパターンを積み上げて精度を上げている人が主なので、私のように、あれもこれもやってみたいという強欲な人間は、「あたる先を数多くする」しか、今のところ、ヒントも得られない。

 

メーカーのカタログを見ていても、一体何に、どのようにして使う代物なのかもわからない材料が多い。

多くの「身近にいてヒントを持っている人」は、そのカタログの中のほんの数ページしか見ない。
他のとこに掲載されているものについては、質問しても知らないとしか返ってこない。

 

 

専業でそれだけ追求しているなら、装備に投資を検討もするけれど。

欲張りだからこその、葛藤ではあるけれど。

なかなかに、イライラすることも多い。

 

 

けれど、それでも。
こういう技法に明るい人を見つけたい、と思っていれば、叶えられるものなのだ。
今まで、そうやって、いろんな技法を実際に使いこなしている人を探し当ててきた。
知識を取り入れさせてもらって、実際の手仕事でクオリティを上げていくのは、自分の問題。

 

 

願わくば。
私のこういう願いが、今自分が多くの関わりを持っている場に出入りしている他の「狭いところでしかやってきてない人」にも、知らない世界の一端を見て興味を持ち、慣れたところから少し、チャレンジしてみようという意欲につながればいい。

 

まず意欲を持つところからしか、何も、始まらない。

 

  

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大国主命と翁。

こういう、手が先行してできていく造形品は、釉薬などはむしろシンプルがいい。

翁は、織部のかけ具合が痛恨になった部分もあるが、幸いにも、回避策の一つを知ることができた。

あまり顔を出されない古老の方との何気ない会話から、掴んだヒントだった。

おかげさまで、大国主命の方はそれを生かすことができて、いい感じの釉薬のかかり具合を実現できた。

 

 

一方。

陶板画の方は、色抜けが著しく、非常に不満な結果になっている。

しかし、その回避法は、今の関係者の中からは、出てこない。

むしろ、「こんなもん」という受け止め方がほとんど。

なぜ、それでいられるのか、不思議でしかたない。

 

絵皿や陶板画は、色彩を綺麗に出したい。

今のところ、私の出入りしている場にはその情報が欠落している。

(おそらく、今まであまり興味をもっていた人もいなかったのではないだろうか…そうでなければ、この欠落加減はちょっと、考えられない)

 

美しい彩色のための道具や技法。

美しく立体的な線を出すための道具や技法。

 

欲しいものは探せば見つかる。

あとは、取りに行くか否か…動くかどうかだけだ。

 

私は動くよ。

 

 

 


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