旧<緋呂の異界絵師通信>

2018.05 本拠地を新天地へ移しました

非常識上等!と、決めたのだ

私は決めた。

 

買ってください、ということを伝える時、絶対に下手に出ないと。

 

需要があるのかどうかとか、欲しがる人がいるかどうかとか。

一切、関係ない。

 

値引き交渉?全却下。

こちらから、意図的に価格調整する場合以外には、相手が誰でも関係ない。

 

龍画と神絵の価格も決た。

安くはない。

けれど、もう以前のように「高くてすみません」みたいなことは、思わない。

0か100かの二択しか、ない。

 

 

バカだと思う人には、思わせておけばいい。

そう思わない人だけ、来てくれたらいい。

もともと万民向けとは思ってない。

内容が万民向けでないのなら、値段だけ万民向けにする意味がどこにある?

 

「これくらいの価格なら手に取りやすい」

という考えも、もう、捨てる。

 

 

 

手に取りやすくなくてもいいのだ。

ドラッグストアで売ってる市販薬と、たった一人のために調合した漢方薬の価格が違うのと同じだ。

 

私は万民向けに薄めたものを創る気は全くないので。

 

創ったモノが、結果的に「これは万民向けになる」というところに落ち着く、ということは、起きるかも知れないけど。

 

 

絵をコントロールできない…ということで、「商材ではない」と、思ってきた。

 

プロならば、常に一定の水準で平均的に提供できるべきだ…と、思って来たから。

制御不能なものを商材とするのは、問題があるだろうと。

 

しかし。

別にいいじゃないか。

問題があると思う人は、そもそもお客さんにならないのだから。

 

 

もう、いいよ。

偉そうでいい。

身の丈勘違いでもいい。

どうせ制御できない絵なのだ。

身の丈に合った動きとか、考えたってムダだ。

 

だから、考えない。

 

技術的に上手いとか、センスがどうとか。

そういうところにアドバンテージがないのは、自分でもわかっている。

けれど、そもそも、私は「上手い絵だから売る」のではないし「センスのよい絵だから売る」というのでもない。

 

よくわからないところから、描けと要求する存在があるから、描く。

それが、誰のためになるのかなんて、知らない。

 

ただ私は、どのような種類であっても、「絵という存在そのもの」に、存在しているだけで価値がある…と、思っている。

 

それを、信じている。

 

(まあ、世界中の誰もそれを認めなかったとしても、関係ないけどね)

 

 

 

ほとんどのことで一般的基準とか無視しまくってるのに、なぜか金のことだけは必要以上にそこを気にしちゃう…ってさ。

おかしいよ。

そこも、非常識で。

 

もう、偉そうにしまくるから。

無理につきあってくれなくていいからね。

 

 

デジタル大辞泉の解説

ぞうじょう‐まん〔ゾウジヤウ‐〕【増上慢】

[名・形動]
仏語。未熟であるのに、仏法の悟りを身につけたと誇ること。七慢の一。
自分を過信して思い上がること。また、そういう人や、そのさま。「増上慢をたしなめる」
「極端に―なこの叔母に」〈嘉村牡丹雪

kotobank.jp

 

 もうね、即座にこういう単語が思い浮かんできて、イヤになるよwww

でも無視だから。

 

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