緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

毒舌を思う

毒舌記事って、アクセス上がるんだよね。
ほんとに、そうなんだよね。

アメブロ時代から、ずっと、それはもう確実だったんだよね。

 

毒舌も間違いなく私の一面だから、別にやめようとか思わないんだけどね。

それは、ツカイドコロがある、ってことは忘れちゃいけないよなーとも、思う。

 

 

 

人を傷つける可能性が高いから、ということではない。

自分も批判対象になるから…でもない。

 

 

毒舌に集う人には、一定の傾向があるから、だ。

 

 

毒舌を吐く者同士も、けっこう、集いやすい。

お互い思っていることに共通点があるとか、見えやすいから。

 

けれど、毒舌家同士は、案外、腹を割った間柄にはなりにくい。

つかず離れず…イベント的に集まるくらいでちょうどいい。

 

 

毒舌家の周りに集まってきやすい人の傾向とは、「言ってくれると期待している」基本、他力本願の人だ。

少し自分で考えることもある、けれど、外からの刺激がないと考えない。

だから、毒舌家の吐き出す言葉が、痛気持ちいい。

 

毒舌家同士が何かの拍子に仲良くなって、比較的行動を共にするようなことになると。

刺激が欲しい人たちは、そこにくっついていればいつも複数の刺激がもらえるから、喜ぶ。

掛け合いが面白いとか、もっとやれ的に応援するだろう。

 

その本当のところは?

どうなんだ?

 

無責任な他人の「応援」は、往々にして、百害あって一利なし…なんだけどね。

 

 

それでも、毒舌家である自分を前に出して行くと決めている人は、清々しい。

 

私は…ちょっと、その看板でやっていくほどじゃないな、と思っている。

そこまで精神力が持たなくなってきてる気がする。

 

10のうち1くらいで十分かも。

 

 

 

【追記】

補足を追記しておく。

言いたいことを述べる、ということが毒舌というわけではない。

毒舌を使わなくても言いたいことは言える、という話だ。

言いたいことをいうために、毒舌も辞さない…わけだけど、それが常になるというのは、ちょっとキツイな、と。

 

 

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