楽しさと、選択肢 狙う/追う/獲得する…今は「もうカンベンして」としか思えない
ちょっとした人様の呟きが、ふっと、自分の視界の暗くなっていたところに灯火をともす…ということが、起こる。
楽しめない時期が長すぎて慣れてしまって、音楽やってて今一番楽しいと言える時期が無い。強いて言うなら、来年。
— しまひろふみ HirofumiShima (@koeykshima) 2016年11月10日
そうやって今その瞬間を生きてこなかった。次を良くするための今ではなく、視線はいつも遠ざかる過去にあった。
今は運よく次に目を向けられる仲間が増えた。じゃあ次は何をする?
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あー、そうか、こういうことだったのかも。私の「絵描きなんて別に楽しくねえし」感覚は今も厳然と存在しているんだけど、重くなくなってきたのは比較的最近。 https://t.co/GFJsngjRVQ
— 異界絵師 緋呂@あかり玉制作中 (@HIRO_eshi) 2016年11月11日
「楽しめない時期が長すぎて慣れてしまって」
@HIRO_eshi 楽しくないけど作り続ける感覚、わかります?
— しまひろふみ HirofumiShima (@koeykshima) 2016年11月11日
僕もやめればいいのにと言われつつも、選択肢がないんですよね。作ることしか頭になくて。
@koeykshima わかりますよー。今だって、楽しいの?と聞かれたら微妙です(笑)ストレスの方が強かったりするし。でも選択肢は他にありません。
— 異界絵師 緋呂@あかり玉制作中 (@HIRO_eshi) November 11, 2016
絵描き道は、シンドイことばっかり。
そんなことを人にもらしてみた時に。
「どうして、楽しくないことやっているの? もう、そういう時代じゃないよ」
なんて、言われたことも、ある。
でもね、選択肢は、ないの。
そこを理解できないのは、仕方ない。
人は人、私じゃない。
けどね。
少なくとも、今は…そして、まだ当分の間は。
他の選択肢は、ないのだ。
これだけは、はっきりしている。
今日、追う側か、追われる側か…という話を、した。
いや、そんな言葉は会話には出てこなかったけれど。
後から総括したら、そういう話だったな…っていう。
何を「追う」「追われる」かと言ったら。
「目標」とか「狙い」とか。
そういうこと。
売上げでもいいし、社会的立場や評価でもいい。
そういった「設定した到達点」を、追う側でいたいか、それに追われる側になるのか。
そういう、話。
私は、至ってムラ気な描き手である。
努力ではなんとも、しようのない、この乱高下。
これは、はっきり言うと、「プロ」としての資質に大いに欠けている。
金をもらってクリエイトする、という立場になったら。
ムラ気がどうこう、言っててはいけない。
乱高下があっても、常に平均したクオリティを提供できる、ということが、プロの条件だ。
結果として、食える、という現象がついてくる。
無理なんだよ、私には。
そこは自分に負けてちゃいかんだろう、と、正論は言える。
でも、今までどれだけ、その乱高下の平均を取ろうとして骨折ってきたか。
そして、今は「無理」と、一旦結論を出したのだ。
つまり、「常に平均的なクオリティを提供することがプロの役目」という土俵を、降りた。
「大きく儲けたり、大きく評価されたり、とまでは望まない。
けれど、ある程度は収入として成立する立場にならなければ満足できない。」
昔からよく知っているヤツが、目の前でそう言った。
今、私には、もう、そんな欲が出てこない。
もちろん、だからってすごい安値とか、無料とかで描いたものを提供するか…ってのは、全く別の話だ。
私が一番「こうだといいな」と感じる立場は、
「注文に追われないけれど、できたものは、そこそこ取引材料になる」
という、実に身勝手なポジションである。
やりたいことは、ある。
今までやってないことで、ちょっと大きい動きに繋がる気配がある…みたいなことも、出て来ている。
それを掴むために、努力を惜しむ気は無い。
だけど、じゃあ、果たして「狙ったポジションを獲得するため」に動く…それができるか?
いや…なんか、そういうと、違うな…って、感じる。
もしかしたら私が掴んでいたかも知れない、あるポジションがあって。
それは、今はもう他人が獲得していて。
私には、それを奪取するようなことは、とても無理で。
だけど、そのポジションではない、別の少しズラした立場であれば、もしかしたら今からでも自分の場所として、なし得るかも知れない。
そんな「皮算用」が、あるとして。
じゃあ、それを「ゲットしに、狙って行く」のか…と。
いやぁ、無理だな。
「狙ってくる人には敵わないよ」
うん、その通り。
勝てないだろうね、狙ってきた人とガチあったら。
でも…勝ちたいのか?と、問いかければ。
「いやあ、別に」
と、それが、正直な自分の思いだ。
もう、どうだっていいんだよ。
誰かと勝負して、一つしか無い椅子を取るか取られるか…みたいな話は。
私の手の中には、けっこういろんなカードがすでにある。
勝ちにいくためにどう切るか…という考え方ではなく。
これらを使ったら、どういう役が作れそうか…ってのを、その時その時配られるカードとの兼ね合いで、次々変えていくってのが、楽じゃん。
「狙って行く」のは、「楽しくないけど、他の選択肢は存在しない」私の絵描き道を、より、苦しいものにしかしない。
それだけは、今はっきり、わかる。
そんな悠長なこと…そんな呑気なこと…そんな、ぬるいこと。
言ってるんじゃ、狙ったものは得られないよ。
…って。
だからさ。
狙うってことが、もう、無理なの。
何にもならなくていいんだよ。
もちろん、収入になれば有り難いけど。
もちろん、それを完全に度外視できるほどの余裕はないから、丸っと無視とかは、できないけど。
かといって、今ですら「楽しくない」ところの比重が大きい、この道。
これ以上、苦痛を増やして、どうする。
やめない約束をしたから…だから選択肢がない。
そういうことじゃ、ないんだ。
あの約束があっても、なくても。
他の選択肢は、ない。
まあ、理解されなくてもしょうがない。
ごく希に、少しは通じる感覚を持ち合わせている人とすれ違うことがある。
それだけでも、十分な、暁光だ。
いつか見た空