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緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

「人を楽しませるには、まず自分から」を超えよう! 光と影が生み出すフィルターを突き破れ!

あるイベントに立ち会い、それなりに身内的関わり方もさせてもらった。

そのことを、書こうとしたけれど。

今、手放しの賛辞を書く…それは、果たしてどうなのか…という思いがあり。

批判とか意見をしたい…ケチをつけたい、という意味ではない。

 

よかったのか、どうなのか…なんていう視点でだけは語れない。

そんな風に、思えた。

 

その時浮かんだことを、Facebookにつぶやいた。

その文章をひっぱってくる。

 

人を楽しませるためには、まず自分から。
それは確実に、その通りだ。
けれど、「自分が楽しむ」の中身というか、質というか。
それは、安易に考えてたらダメだな、とも思う。

 

自分の価値がどうとか、技術力がどうとか、努力がどうとか。

そんなことは、表に出すことじゃないし、その点で「だけ」評価されて喜んでたらダメだな、と思う。

 

そういうことは「影」の中に収束させておけばよくて。

それは、人が何かの端々に感じ取ってくれれば良し、という程度のことで。

仮に、光の部分、表に見せる部分が圧倒的ならば、影にこめて収束させたところは、語らずとも伝わるはず。
光が強ければ影も濃い。
人が、その濃さに思い至るかどうか、というのは、見る人のバックボーンや指向性に左右されることで、見せる側が強制することでもない。

 

人がひとのどの部分に共鳴や共感するか、というのは、個人それぞれに委ねられるべきだ。
だから、その材料としてフラットな情報を提供することは必要。
だけど、その中のどこに、どんな風に共鳴や共感してもらいたいか、ということを押し付けるのはダメだと思う。

 

あのひとの描く馬は好きなだけど龍はそうでもない、とか。
人の顔の描写は好きだけど空間構成はイマイチに感じる、とか。
「あの人の絵が好きだ」といっても、全部を好きというわけではない…なんてことは、ザラに起こる。

 

比較的わかりやすいものですらもそうなのだから、非言語のところで、しかも無形の媒体によって伝えなきゃならないことは、もっとバラつくという前提…というか、伝わらなくてもしかたないっていうレベルで捉えておくようにしないといけない。

 

伝わらなくてもしかたない、というか。

どこがどう伝わるか、っていうことを、発信側は選べない。
選べると思ってもいけない…のかも知れない。

 

受け取る側は、こちらがどう思って発信してるか、なんてことはどうでもよいのだ。

 

断っておくが。

「語らずとも伝わるはず」なんて、実際には単なる手抜きでしかないと思っている。

伝えたいことは、しかるべき手段で伝えなければ意味がない。

けれど。

その、「しかるべき手段」というのが、言語を大量に使うこととは違う…という場合も、あるのだ。

 

負の部分を伝える、というテーマは、まさにそれだと思う。

負の部分でなくとも、舞台裏…土地の基礎に埋め込まれたボルトのようなこと。

 

絵描きで言うなら、技術向上のための努力だとか、見えないものを形にする時の精神的重労働についてとか…。

今は私は、そうしたことは語りたいと思わない。

聞かれれば答えてもいいけど、こんな努力をしてこれをやってるんだ的アピールは、美しくないと考える。

(過去には、語ったほうがいいのかなと思ってたこともあった。美学的見地からではなく、営業的に興味をひかれやすいのか否かという観点で)

 

 

 そして、こんな一文も見た。 

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この引用は、全然違う話から出て来たものかも知れない。

ただ、私の中で、考えてることと結びついたポイントがあった。

上に書いたことで言うならば、

「こんな努力をしてこれをやってるんだ的アピールは、美しくない」

っていうところ。

 

冒頭に書いた「手放しの賛辞を書く…それは、果たしてどうなのか」という気持ちが出て来たのも、結局はそういうところから。

 

 

光が強ければ、影も濃い。

その中に、日々の努力や、くぐり抜けてきた経験といった、いわゆる「血と汗」は、切り離せない要素として一体化している。

そして、その濃い影があるから、光は一層際立つ。

 

人は、暗闇の中の光に、無条件に引き寄せられる。

そこは、昆虫と何らかわりない。

だから、その光をより見せるために、ことさら、影を強調する。

そんな「見せ方」も、もちろん、あるし、とても効果的なやり方だ。

 

でも。

思うんだ。

 

そういう見せ方によって惹きつけられてきた人達は、「正しく見ない」傾向がある。

 

はじめから、その影の中に投影した感情というフィルターを通して、成果物を見ている。

 

2割増し…時には数倍増しにも、水増しされた見え方をしている。

 

それでも、高い評価ならば、それはそれでいい…とも言える。

実績として掲げることができる「声」が拾えれば、立派に役に立つ。

 

でもさ。

本当は、自分には、わかっているはずだ。

彼らは、自分の落とした「影」に引き込まれた闇から光を見た。

だから、実際以上に光って見えたのだ…なんて。

一番わかっているのは、自分だ。

 

 

そして、やがては、その「己の影」が、光を蝕む時が来る。

 

自分が伝えたいと願うことを、どのようにしたら本当に伝えることができるのか。

 

それを考える時に、闇に引き込まれたところから光を見ている人達の「感動」「感激」「好意」は、かなり差し引いて受け取らなきゃならない。

 

声を聞くべき相手は、闇に惑わされることなく、真っ直ぐに「見せた光」を受け止めてくれる人達だ。

 

そういう人達は、渦の中には、なかなか入ってはこない。

でも、自分の中に、必ず、その人達の声と繋がるところは、ある。

その細い糸をたどって、「正しく見たら、どうなのか」を、自分に問いかけ続ける。

それしかない。

私は、今のところ、そう思っている。

 

 

 

 

それと、もう一つ、結びついた記事があった。 

「勝たないと意味がない」
「開発努力はどうでもよくて、
いい商品を世に出さないと
意味がない」
というのは、
立派な意見みたいだし、
ビジネスでは正しいかも。

だけど、
仕事じゃなくて遊びとしてなら
最終的にそこに達しなくても
「なんか楽しい」で良くないかなぁ。
それに、タダでアドバイスもして
もらえるから、何かが学べるはず。

だから、ただ導かれるまま
自分の山を登っていたんです。

「むだだよ」って言われてる気がしても、
自分の中であきらめる理由がなければ、
気にしなくていいの。

ameblo.jp

 

これは、以前、プロフィール文章作成をお願いした、ライターの鯰さんの記事。 

→ 鯰美紀さんのインタビュー記事をプロフィールページに全文公開しました - 緋呂の異界絵師通信

 

 

引用した文章は、上の方に書いている「闇に引き込まれたところから見ている人の意見」に、少し近いところがある。

「闇の中から光を放つ」側の気持ちであり、そういうところに共鳴する「引き込まれた人」とリンクしやすいところ。

 

その力は、不可能を可能に変える。

成し遂げるには不可欠な要素とも言える。

 

私自身、まだ、這い上がっていかなきゃならない道のりが長い身だから、その必要性はよくよくわかっている。

 

自分がまず楽しんでいなければ、人を楽しませることはできない。

 

自分がつまらないと思うものを、人にはすすめられないし。

(それが、私があまり売り込みに意欲を持てない一因でもある)

 

純粋に、楽しむ。

山があるから登る。

アドバイスもらったら、やってみる。

褒めてもらえれば、素直に受け取る。

その流れに乗ると、何をやっても楽しい気がしてくるのだな。

だから、進んでがんばれるし、成果も出る。

 

それはとても、大切なこと。

できたところを、めいっぱい、喜ぶ。

すると、さらに楽しくなる。

楽しいところに引き寄せられるのも人だから、どんどん、集まってくる。

評価も高まる。

 

そして。

再び、「正しく見ている声は、どこにあるのか」を見なきゃならない時が来る。

 

それができないと、少し揺れたら液状化…に、なりかねない。

 

超えよう。

「人を楽しませるには、まず自分から」という、その領域を超えよう。

 

正しく見るために、光と影のフィルターを、突き破ろう。

 

渦から抜け出さなければ、渦がどこへ向かっているのかは、わからない。

その道を示すことができる希な人が、身近にいる。

光も影も強すぎて、近くにいたら目がくらむ。

目で見ようとするから、目がくらむ。

目ではなく、皮膚感覚で。

嗅覚で。

渦の外側では、どう見えているのか、センサーで感知するしかない。

 

感じろ、そして考えろ。

 

 

 

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今回こういうことを考えるキッカケになったイベントへ私自身の関わり方がどうだったか…というと。

それはもう、非常に、大いに、反省すべき点もあった。

自分を棚上げしているのではなく、自分自身も、渦の中にいて脱けていない側であるという意識の下で書いた。

 

ああ、少しスッキリした。

なんか、もう少し違うことも考えていたように思うけど、文字になってこないので、ここで終わっておく。

 

 

かさこさんが引用しているのは、こちらのブログ主さん。

私も大好きなブログで、先日やっとお会いすることができた。

ameblo.jp

 

 


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