緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

「ぼくを使えることがあるんやったら、使ってもらったら嬉しいんで」と彼は言った…「THE LISTENING」がサンプリング場と化した60分

彼、越川(えちかわ)紀宏、通称「えっちー」

 

「くるくるセラピー」という、なにやら怪しげなセッションをやっている。

体感覚優位のセラピスト。

以前受けて、記事を書いたが、くるくるセラピーのくの字も記事中に登場していなかった…。

レポ記事失格である…失礼………

 

 

今回受けた「THE LISTENING」のコンセプトは、

このセッションは30分〜40分、誘導もなく余計な質問もなく、ただ言葉を紡いでいただくセッションです。

THE LISTENING 〜 あなたのお話しひたすら聞きます - えっちー雜談家になるってよ

 

だったのだが。

丸っと無視して、私の興味にひたすら、つきあってもらう「サンプリング」の60分と化したのであった。

 

最初からそんなつもりだったわけではない。

当初は、セッションが始まれば、その時口から出てくることを話して聞いてもらえばいいや、と思っていた。

おおまかに枠組もある、と提示されたので、どうせすぐに逸脱するだろう前提で、「仕事とか、今後の野望とか」みたいなところから話を始めよう…と、した。

 

はずだったのだが。

 

そもそも、そんなところに触れる以前に、つい、聞いてしまったのだ。

 

「見えないものとどう関わっているか、立ち位置は?」

 

この場合の「見えないもの」というのは、別にスーパーナチュラルな話とかではなくて、神だ霊だという話ではなくて。

感情であるとか、脳内物質や電気信号といった、「計測はできるが視覚的には見えない」ものも丸っと含めての「見えないもの」ということ。

 

越川さんは、質問を投げかけた時の体の反応から、無意識下で絡まっている問題を探していくセラピーのプロ。

だから、彼の「見えないもの」への感覚というものを、聞いてみたくなったのだ。

体をめぐる信号を拾う、という、見えないものを扱うプロだから。

 

 

とどのつまり。

私にとって、他の人達がどのようにして、不可視領域にアプローチしているのか(あるいは受け止めているのか)といったことは、大いなる興味の対象で。

本当に、これは人によって全く違うものなので、興味が尽きないのだ。

全く違うけれど、サンプルが多くなってくると、ある程度の傾向というか、分類とかもできるようになってくる。

それがまた、面白いのだ。

 

ということで。

私がひたすら言葉を紡ぎ出し、それをひたすら聞いてもらう…というセッションが、ほぼ最初の段階から、サンプリング時間になった。

 

 

面白かった。

 

越川さんのように、かなり強度の高い体感覚優位の人と、こういう話をじっくりする機会というのは、なかなか、ない。

私の周囲は、自分が絵描きだったりするせいもあるかもだけど、ここまでの体感覚優位な人は少ない。

 

私は基本が聴覚優位(言語型)+体感覚優位だ。

状況によってどちらに比重が傾くかが変わってくる。

見えない世界系の話や、非常にこみいった思考を必要とするような話になると、ほぼ体感覚優位になる。

言葉が出てくるまでのタイムラグがかなりあるので、根気よくつきあってくれる人じゃないと、面倒くさがられるのだ。

 

こうやってブログの文章を書いている時は、圧倒的に聴覚型に傾くのだけど。

絵描きだからって視覚優位とは限らないんだよ。

(視覚優位の面が出てくる時も、あるけどね)

 

 

聴覚型、体感覚型…っていうのがナンだろうという方は、「VAKモデル」とかで検索してみると面白いと思う。

 

 

越川さんに取材した「サンプル」はどんなものだったのか…というのを、ここに書くのは難しい。

がんばって言語化してみる、と言ったものの。

メモを見ながら、すでに諦めモードに入っている。

 

 

ただ、今日、この時になって始めて、口から出して人に言ってみたことがいくつかある。

せっかくなので、話したことの項目だけでも、ここにメモして残しておく。

私が話したことと、越川さんがおっしゃったことのうち印象的なものも含めて並記。

 

a)人が不可視領域を外側へ向けて表現する場合、「音」か「絵(画)」かの大きな枠組に分かれる。

b)どうやら、それは先天的にある程度決まっているらしい。

c)「音」の中に、私の場合は、言葉や文字も含まれる

d)「絵(画)」の中には、化学式(亀の子)や記号といったものも含まれる

(今思ったが、このあたりはもしかしたら、「代数」と「幾何」の分類がベースになってるのかも知れない)

e)己の中にある様式に合わない沿わない概念を判別する分かれ目になるのは、多くの人にとって「違和感」である

f)大きな概念→小さな概念への細分化 と 小さな概念→大きな概念への統合

g)大きすぎ、包含するものが多すぎる枠組と、それを明細に分けた時の枠組

h)絵の中に自分の思いや意図というものを乗せる、ということは「余分なもの」であるので、自分の感情や思想を絵として表現する手段とは、やっていることが違う。

i)過去の歴史から見ても、芸術には表現者の思想や感情を乗せて送り出すものである、という「枠組」があるが、それとは相容れない。

j)アウトプットされたものと、奥の方にある思いや意図が乖離していると、見た時にとても気持ちが悪い感じになる。

 

 

 

で…そんな話を続けているうちに、なんだか知らないけれど、すっごく、暑くなってきて。

汗かきながらのSkypeになった。

 

それから。

意図と思想がどうこう、という話の辺りから、ふわーっと、今まで見たことのない妙なヴィジョンが出て来た。

 

 こういうの。

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 薄いレゴブロックみたいなもので組み立てられた、球体。

ジグソーパズルではなく、ブロックが近い。

一つずつのピースは形状も大きさも不揃いで、どうやって組み立てられているのか不明なモノ。

中は、おそらく空洞と思われる。

継ぎ目に時々スパークみたいな光線が走っていくのがチラついている。

後から、これに似たものを前に見たことがあるな…と思い出してみたが。

たぶん、「劇場版 銀河鉄道999」に出て来た、機械化母星メーテルが崩壊していくときの、パーツとパーツが「手を離していく」ことでバラバラになっていくあの星のシルエットみたいなのが、近かったように思う。

要は、無数のパーツが組み合わさってできている球体。

 

って、長々書いておいてナンだけれど、これが一体何なのか、皆目わからない。

 

が、これを一度分解してバラバラにしたら、何が出てくるか…というか、どういうことになるのか、というのは、なんか面白そうな感じ。

 

とりあえず、この球のイメージはセッションが終わるまでずっと、消えないでそこにあった。

 

 

 

…と。

まあ、セッションのコンセプトとは大きく離れた60分だったのだけど。

 

でもまあ、最後に「いや、ぼくを使えることがあるんやったら、使ってもらったら嬉しいんで」と言ってもらったので、ヨシ。

どうせ何でもレアケースになっちゃう人間だしな。

私は大いに満足だったので、ヨシ。

 

 

 

前回のセラピー後の記事はこちら

art-hiro-b.hatenablog.jp

ここに書いているアンカリング実験は、ほどなくして放棄しました。

理由は…どうにも、うまくいかなかったから。

何度か試みるうちに、自分の細胞が「いらんことすんな」と腹を立ててる感が出て来たのでやめました。

…まあ、よく考えたら。

私の場合、体細胞っていうのも一種のセンサーとして使っているところがあるので。

確かに、余計なものを入れてくるな、という反応が出るのは、わからんではない。

わかっとらんのは、この妙ちきりんなことばかり考える「頭」だけ…なのかもね。

 

そして、前回の記事を今読み返して、興味深かったのは。

この時は、「細かい概念」を、まるめて大きな概念に統合していく、という話をしてもらっている。

 

丸めて、もう少しチャンクアップすることによって、「元のテーマ」を包含しつつ、無理矢理感が全くない言い換えとなった。

言霊を上手に使う&望みの状態に切り替えるスイッチ…の話 - 緋呂の異界絵師通信

 

今日と逆だ。

 

今日は、越川さんが、「細かい概念で分類するほうが楽」という話をしてくれて、私が「音と絵、という大きすぎる分類」の話をしている。

 

もともと私は、「細部から全体を構築する」派だ。

シュトーレンの写真を指さして「コレ」と言った時、多くの人は「シュトーレン」そのものを指していると思うだろうが、私は時として「その中に練り込まれているオレンジピールの一片」を指しているのだ、という…ってな話を昔書いたことがあるが。

 

ameblo.jp

 

細部を把握したいのだ。

そして、全体像も…できる限り全体に近いところ、でもいいが…それも、見たいのだ。

ミクロもマクロも、両方。

 

今日のセッションでは、たまたま、私の感覚がマクロに寄っていたので、やたらと分類のサイズが大きかったのだが。

もともとは、とことん細かく分化して吟味したい派。

 

 

…ああ。

もしかして、上の、組み立てられてる球体は、そのモデルなのかも。

 

トランスフォーマー並みに、なんか別のカタチに変形したりして。

 

 

と、より一層、わけがわからないところに入っていきそうなので。

ここらで、終わる。

 

いやいや。

こんなわけのわからない話に付き合ってくださった越川さんに、感謝。

 

 


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