緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

言い訳とは、己の言葉に自分が嵌まる罠である

 

言い訳をしている本人は、自分がしているのが「言い訳」だなんて、思わないものだ。

まあ、時には自覚ありつつ言わずにはいられない…っていうことも、あるだろうけど。

多くの場合、自覚はない。

 

それは、必要な説明である、と思える。

言わなければ伝わらないことだ、と思える。

伝わらなければ、状況を理解してもらえない、と思える。

 

たくさん、そういうことをやってきたな~と、今、思う。

 

そう思ってても、つい、繰り返してしまうことでも、ある。

 

 

でも。

引いてみれば、わかるんだよ。

自分が言ったことも、「ああ、言い訳だったな、あれは」って。

 

確かに、言い訳はいらないから、と言われたのも無理ないか…と、今なら思える。

 

 

自分の感情が口から言葉を引き出させる時。

ほとんどは、言い訳だと思う。

相手は、そんな言葉は欲しがってないし、聞きたくもない。

ただ、自分が「これは必要な説明だ」と思い込んで、延々言葉を重ねているだけで、それは何も効果を発揮していない。

むしろ、相手をウンザリさせるだけ。

 

 

「納得しなきゃ進めない」って、私も昔は思っていた。

今も、その感覚を退けるのは難しいこともあるが…でも、薄くなったもんだ。

 

「納得する」というのは。

ほとんどのケースで。

 

「あんたの言うこと受け入れる代わりに、私の都合を受け入れてくれ」とか

「それは聞きたくない、しかしこちらの言い分を受け入れろ」という意味なのだ。

条件を飲んでくれなきゃ検討しない」ということだ。

 

多くを拒否することに成功し。

リスクは減らし。

チャレンジも減らし。

負担を減らし。

 

そこそこ、ちょっとだけ重心の位置を変える程度で事なきを得る。

 

そんなレベルの、着地点。

 

納得した、というのは、多くのケースが、そんなもん。

 

 

言葉のトリックは、自分が一番、嵌まりやすい。

相手を落とそうとして、逆に自分が落ちるのが、言葉ってヤツのやっかいなところ。

 

 

動いてみる、という以外に解決策がない。

そんな時。

「納得できなきゃ、できない」

という理屈は、本当に、意味が無い。

 

納得するとかしないとか、そんなことは関係ないところで、「動いてみるしかない」のだから。

感情の置き所など、どうだっていいのだ。

 

それを呑み込むのは、キツイ話だけど。

でも、それができなきゃ、元の位置でウロウロする以外ない。

それしか手がないから、ウロウロしているのであって。

ウロウロをやめるには、そこから移動する以外に、無いんだから。

 

そして、それは、納得するとかしないとか、どうでもいいのだ。

 

 

はー、イヤだイヤだ。

グズグズ言ってた方が楽だよ、ホント。

 

 


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