緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

押すとか引っ張るとか、結局それをどういう意図で決めたのか

自分は、こういう人間だ。

自分って、こうだ。

だから○○だ。

 

…みたいな言葉は、そういう枠を自分で作って、さらに日々強化しているようなものだ。

 

自信がない

○○できない

**ならできる

□□なら向いてる

 

そんな言葉も、きっと、そうだ。

 

本当にそうかなんて、実は一番わからないのは自分自身。

 

 

自分の本当のところなんて、自分じゃ見えない。

自分の後ろ姿は自分じゃ直視できないのと同じように。

 

 

背中を押すのはいいけれど、手を取って引っ張るのはお節介。

そんなことを書いていた人がいたけれど。

そして、その通りと思うけど。

 

背中を押すのも、手を引っ張るのも、相手に干渉するという意味では、同じ事でもある。

そして、やっても後悔するかもだし、やらなくて後悔するかもだし…というのも、どっちも一緒。

 

その時、その相手に、自分はどのように対面したいのか。

それを、自分で都度、選んでいくしかない。

 

自分のその選択が、どういう意図の元に決めたことなのか…と。

そういう、本当のところってのは、自分では把握しきれてないところに、理由があるのかも知れない。

 

 

 

ま、「だから何?」なんだけどね。

 

 

 


掲載画像、文章他の転載はご遠慮ください。引用の際は出展元の明記をお願いします。