緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

『真実』を断言する者を信じるな…という話

A「私が感じる、私にとっての<これは○○の真実>である、というのはこういうことです」

B「<これは○○の真実>です」

 

 

思っていることがAパターンだったとしても、口から出したり書いて出したりしたのがBパターンだったとしたら。

 

その印象は、全く違う。

 

見たり聞いたりした人の何割かは、言葉通りのBパターン=「その言葉が、○○の真実を語った言葉なのだ」とその人が言っていると受け取るだろう。

 

けれど、実際には、その語った内容とは、単に、Aパターンの

「私が、そう感じたのです」

という話…つまり「個人的な想像の域を出ない」ってことなわけだ。

 

 

世の中で語られている「真実」とやらのほとんどは、Aだと思う。

 

もちろん、この意見も、Aだ。

単に、私が感じる感触にすぎない。

 

 

見えない世界のことを語る人の中には、このやり方の常習者が多いな、と感じる。

 

もちろん、これも、Aだ。

以下、全て、Aパターンの話だから。

そこんとこ、頭に置いておいてもらいたい。

私が書くこと、言うことは、全て、Aに過ぎない。

裏取りがされている事実も含まれているとしても。

なんせ、事実は真実とは似て非なるものだし。

 

 

 

今まで、たびたび、「真実」という言葉をよく使う発言を聞いたり読んだりしてきた。

神がどう言ったの、こう言ったの、ああ言ったの。

天使が…女神が…ハイヤーセルフが…守護霊が……云々、云々。

 

全部、Aだ。

 

自分にとって良き指針となり得る言葉も、中にはあるだろう。

人は、想像を有効利用して現実をつくっていくことができる生き物だ。

未来の話など、全てが想像でしかない。

過去にあったことも、わずかな事実にまといついた想像で成り立っている。

 

うまく、利用すればいい。

自分が、より、望む未来を作るために。

今をより、よい状態にするために。

過去というものを、今と未来のための味方につけるために。

 

 

だけど、忘れるなかれ。

 

どんなにもっともらしいこと、美しいこと、高尚に見えること…などを語っていても。

それらは、Aパターンである。

 

その人にとってはそれが真実でも、それがあなたにも真実とは限らない。

ましてや、万人の真実ではない。

 

 

 

もし、あなたが、

「どこかに、唯一絶対、これが真実、と言える<ホンモノの真実>がある。それを知るのは、一握りの選ばれた人だけだ」

などを、信じているとしたら…

 

それは、あなたにとっての「Aパターン」の話だ。

 

 

語り継がれている神話や伝承は、時の為政者によって都合がよいように編纂されている。

そういうものだ。

だから、神話や伝承に残っている逸話には間違いがある、というのは、ほぼ間違いないと私も思う。

 

私自身も、どこかに記されているものではない、エピソードのなんかいろいろと食い違っている点とか、時間の前後関係とか、力関係とか…

「ああ、どうやら、このあたりのことって、記紀などでも明らかに曲げられているな」

なんて、感じることがある。

けっこうたくさん。

 

天使の話なんかも、同じだ。

 

そういう感覚が一体どこから来るのか、私は知らない。

 

何かをキャッチしてる、という解釈もできるし。

単なる想像過多だという解釈もできるし。

昔オタクだったし今もネタを温めてる物書き崩れの妄想だ、という解釈もできる。

手から入ってくる、見えない世界情報だ、というのも、まあ、一理ある。

 

でも、全て、Aパターンだ。

想像の域を出ない。

でも、確かに、私にもそんな感覚がある…そういう時がある。

 

 

 

自分の中の真実を、その限定条件を伝えずに、あたかも万人にとって有効であると思わせようとするようなミスリードは、誠実ではない。

 

どれほど能力的に優れていても、「これが真実だ」と一般化するようなことを平気で言ってのける「能力者」を、私は信用しない。

 

 

私は、という話だ。

 

あなたがどう思うかは、私の知るところではない。

 

 

 

笑う不動明王

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