緋呂の異界絵師通信

ミエナイセカイ ハ カサナッテル

「でもまず自分が好きなことがわかりません」たぶんそれは、そう思っているだけ

ヒビノケイコさんの記事を読んで。

時折、「じぶんが好きなことが分かりません。どうしたら分かるんでしょう?」とたずねられることがある。そして、その言葉の続きには、「できれば、好きなことと仕事がつながった形を見つけたい」という気持ちもかいま見える。

「好きなことと仕事をつなげたい。でもまず自分が好きなことがわかりません」埋もれてしまった「好き」に気付く方法 : ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。

 

好きなことを仕事にしよう!

好きなことで生きていこう!

 

極端なのになると「好きなことしかやらないでいよう!」とかってのも。

 

そういうのが一番いいんだ、という風潮。

これは、私も基本的に大賛成で、自分もそれで自活できるところまで持ち込むのが当面の目標だったりする。

 

 

だけど…別に、それだけが選択肢じゃない。

焦って必死になって、血眼になって…「わたしの好きなことって何?!」って探し始めると、かえって見つからない。

それは「焦り」や「必死さ」や「血眼」というところとは、全然違うところにあるものだから。

 

…いや。

違うところ、というのは正しくない。

実際には、それは本当に紙一重。

オセロの駒みたいなもんだ。

 

私は、そういう風に、思っている。

 

 

思っているものと全然違うもの、ということではないんだよ。

 

ずっと長らく円柱だと思っていた、いつも見ているモノを、ある時ふと違う角度から見てみたら、実は上下の円の大きさが違ってて、横から見たら長方形じゃなく台形だった…みたいな。

意外と、ささいな発見から「おお!」って目が開くこともあるし。

 

子どもの頃からずっと棚に置いてあった人形が、実は入れ子のマトリョーシカだったとわかった…みたいな、機能の発見から、目が開くこともあるし。

 

いつも目にしてたもの。

いつも触ってたもの。

いつもやってたこと。

 

そういうものの中にこそ、好きなことは潜んでる。

 

 

ヒビノケイコさんの記事にも、「子供の頃に好きだったこと、自然としていること」を思い出してみるといい…と、ある。

 

もう一つ、加えるとすれば。

 

子どもの頃やってたけれど、何らかの理由でやめてしまった何か。

 

それを、思い出してみるといい。

 

 

 

私?

子どもの頃からお絵描きは友だった。

そして、お姫様的なものも描いていたけれど、カラス天狗とか(笑)、変な妖怪みたいなものとかも、好きで想像してた。

小学生の頃から好んで読んだのは、ギリシャ神話とか。

(あまり言いたくないけど、日本の神話も好きだった………鮮明に思い出すのは、「ヒレをふるって襲ってくる蜂を追っ払ってる」イラストと、「酒がめを枕にしてイビキをかいてる多頭の大蛇」のイラスト)

 

シンデレラや白雪姫ではなく、眠れる森の美女を助けに行った王子に憧れた。

 

一番最初に作った(と思われる)起承転結のある物語の主人公は、オスの虎。

 

魔女っ子ものより、「海のトリトン」や「サスケ」が好きで。

「ベルばら」も「エースをねらえ」も眼中になく、「三つ目がとおる」と「ジャングル大帝」が大好きだった。

 

 

 

私も、「自分の好きなことって、何?」って思っていたことがある。

というか、長かった。

 

絵の世界に戻ってきてからでも、まだ、それを考えてた。

 

今も考えてると言えるけど、今はその範囲がものすごく狭く狭くなって、「精度を上げる」方向にいってる。

 

でも、そうなったのは、ほんの2年くらい前のことだ。

それまでは、「何が好きなのか、わからない」っていう期間が長かった。

 

 

今にして思えば、単に「見るところが間違ってた」だけの話だった。

「好きなこと」を掘り当てると、とたんにキラキラ~っと世界が違って見える…みたいに、思ってたような気がする。

 

そんなわけはない。

 

ただ単に、「ああ、そっか~」と、腑に落ちる。

それだけだ。

 

 

自分のたどってきた足跡をつないでみれば、そこに出てくるのは一目瞭然、「これが好きだったのか」と納得するしかない。

 

 

もしかしたら、そこに出てきたものに、嫌悪や恐怖を感じるかも知れない。

なぜなら、それは、

 

「それを自分に許さず、封じたことがある」ものだからだ。

 

封じなきゃならないほど、好きだった何か。

封じてしまわなければ、他のことに(多くは、親や教師などの、圧力)力を注ぐことができなくなるほど、好きだった何か。

 

 

でも…

 

それが何かがわかったとしても。

そこから、すぐに「具体的に、どう仕事につなげるか」は、見えてこないことの方が多い。

そう思っていたほうがよい。

 

そのまえに、まず、「自分が好きなのはコレだ」ということを実践して、発信していくのが先。

 

仕事になるかどうかは、やりながら探るしかない。

 

 

手っ取り早く収穫しようなんて思っちゃダメ。

その発想は、「好きを仕事に」というよりは「とりあえず仕事を」という発想だ。

地道に、コツコツ、ゆっくり、積み上げていくしか、ないのだ。

 

でも、その道は、楽しいよ。

 

苦難はあるけど、楽しい。

 

 

だから、やっぱり、好きなことして生きようよ。

 

何が好きか…なんて。

本当は、自分はよーく、知ってるはず。

わからない、って、思っているだけだから。

 

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手が勝手に作りはじめた、練り消しゴムのイルカ。

図画工作の課題で一番好きだったのは、粘土細工だったよ、そういえば。

高校の彫塑があまりにも苦手すぎて忘れてたけど。

小学校低学年の時、担任から「女子で5がついたのはコレだけ」と言われたことがあるのは、粘土で作る夢の家だか、部屋だか、なんかそんな課題だった。

全員の前でそんな事言うなんて…今考えたら、大らかな時代だったなあ。

 

 

 


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